
ワイヤレスイヤホンを買ってもらったんだ。好きな音楽を無制限に続けて聴ける!



音楽は無制限に続けて聴いてもいいけど、財務諸表監査は無制限に続けられない場合があるよ。
公認会計士法上の大会社等に対する財務諸表監査においては、監査法人の同一の社員が同一の監査業務に長期間継続して関与することが制限されます。同一の会社の監査業務に関与する社員(パートナー)が定期的に交代することになるので、パートナー・ローテーションと呼ばれることもあります。
この記事では、公認会計士 のそのそ が、大会社等における継続的監査の制限について説明します。
- 継続的監査を制限する理由
- 公認会計士法上の大会社等における継続的監査の制限
- 倫理規則で求められるクーリングオフ期間
同一の担当者が監査を継続して行うメリット



同じ曲を続けて聴けば、メロディや歌詞を覚えて歌えるようになるでしょ。
監査法人の同じ社員が、同じ企業の監査をずっと担当すれば、その企業のことをいろいろ覚えて監査しやすくなる気がするけど…。
監査法人の同一の社員が長期間継続して同一の監査業務に関与することには、次のようなメリットもあると考えられます。
- その企業や業界に関する知識・情報が豊富になる
- 企業との間に信頼関係が構築され、円滑なコミュニケーションを図りやすい



そうだね。その企業に詳しくなったり、企業から信頼されて資料や情報をスムーズに提供してもらえたりするから、財務諸表の重要な虚偽表示を見逃しにくくなると思うんだけど…。
問題が生じる可能性もあるんだ。
同一の担当者が監査を継続して行うデメリット



そうそう、実はね、このイヤホン、オンライン学習に必要だと言って買ってもらったんだ。



オンライン学習してるところなんて、見たことがないけど。



きみとぼくは長い付き合いなんだから、それは黙っていてよ。



まあいいよ!
…こういうのを「馴れ合い」って言うよね。監査では、監査人と被監査会社の間に馴れ合いが生じるのはよくないことだよ。
同一の担当者が長期にわたって同一の監査業務に関与すると、監査人と被監査会社とが非常に親密になり、馴れ合いが生じる可能性が高くなります。



「癒着」ってやつだね。
監査人と被監査会社との間に馴れ合いが生じると、監査人が公正不偏の態度を保持して監査を行えないおそれがあります。
また、同一の担当者が長期にわたって同一の監査業務に関与していると、監査人が公正不偏の態度を保持しているかどうかについて、外部の利害関係者が疑念を持つおそれもあります。
そのため、公認会計士法は、公認会計士法上の大会社等に関し、継続的監査を制限する規定を設けています。
公認会計士法上の大会社等の範囲
公認会計士法上の大会社等の範囲は次のとおりです。
① 会計監査人設置会社
※最終事業年度に係る貸借対照表に資本金として計上した額が100億円未満であり、かつ、最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が1,000億円未満は除く
② 金融商品取引法による監査の対象となる者
※非上場の金融商品取引法監査対象会社であって、最終事業年度に係る資本金5億円未満又は売上高(最終事業年度又は直近3年間における年間平均のいずれか大きい方)10億円未満、かつ、負債総額200億円未満の会社は除く
③ 銀行、長期信用銀行及び保険会社
④ これらに準ずる者として政令で定める者(信用金庫連合会、会計監査人監査の対象となる独立行政法人など)



会社法上の「大会社」とは別の概念であることに注意してね!
公認会計士法上の大会社等における継続的監査の制限
公認会計士法は、公認会計士法上の大会社等に関し、次の規定を設けています。
・(個人事務所の場合)公認会計士は、大会社等に対し7会計期間連続して監査関連業務を行った場合には、その後2会計期間は当該大会社等の監査関連業務を行ってはならない。
・監査法人は、大会社等に対し7会計期間連続して監査関連業務を行った社員に、その後2会計期間の当該大会社等の監査関連業務を行わせてはならない。



会計期間は通常1年だから、7年連続して監査関連業務を行ったら、その後2年はインターバルを設けなければならないってことだね。



「人生ゲーム」にもそういうマスがあるよね~。
上記制限の対象には、業務執行社員や監査報告書に署名した者だけでなく、補助者でありながら監査責任者と同程度以上に実質的に関与している者や、審査担当者も含まれます。
なお、新規に上場しようとする会社について監査関連業務を行った場合には、上場しようとする日の属する会計期間の前2会計期間も継続監査期間にカウントしたうえで、上記のルールを適用します。
さらに、大規模監査法人が、上場会社等の財務書類について監査証明業務を行う場合には、次の制限が特例として課されます。
大規模監査法人が、上場会社等の財務書類について監査証明業務を行う場合、筆頭業務執行社員等が5会計期間連続して監査証明業務を行った場合には、その後5会計期間について当該筆頭業務執行社員等に監査証明業務を行わせてはならない。



この制限は、大規模監査法人が上場会社等の監査証明業務を行う場合に限った特例であることを理解してね。



さっきの「7年関与・2年インターバル」ルールと比べると、より短い関与期間とより長いインターバル期間が求められているから、この「5年関与・5年インターバル」ルールを守れば、「7年関与・2年インターバル」ルールは当然に守られることになるね。
この特例における『大規模監査法人』とは、(監査法人の)直近の会計年度において監査証明業務を行った上場会社等の総数が100以上の監査法人を指します。
また、『筆頭業務執行社員等』とは、業務執行社員のうち監査報告書の筆頭に署名する社員と、当該審査に最も重要な責任を有する者1名を指します。



上場会社等は社会に大きな影響を及ぼす立場にあるから、監査人の独立性を特に強化する必要があるよね。それに、多くの人員を有する大規模監査法人なら、筆頭業務執行社員等を短いスパンで交代させることも可能だから、この特例が設けられているんだ。
【公認会計士法上の大会社等における継続的監査の制限】
対象となる監査 | 制限の対象 | ローテーション年数 | |
基本的な制限 | 公認会計士法上の大会社等の監査 | (個人事務所の)公認会計士 (監査法人の)社員 | 7年関与 →2年インターバル |
大規模監査法人に対する特例制限 | (上記のうち)上場会社等の監査 | 筆頭業務執行社員等 | 5年関与 →5年インターバル |



公認会計士法上の大会社等に関しては、継続的監査の制限のほかにも、監査人の独立性を強化するための制限が定められているよ。
これについては別の機会に説明するね。
倫理規則で求められるクーリングオフ期間
なお、公認会計士協会の定める倫理規則は、監査業務の依頼人が社会的影響度の高い事業体である場合、公認会計士法の規定よりもさらに厳しいインターバル期間(クーリングオフ期間)を求めています。



「社会的影響度の高い事業体(PIE;Public interest entity)」の正確な定義はここでは省略するけど、公認会計士法上の大会社等は、「社会的影響度の高い事業体」に含まれるよ。
倫理規則では、社会的影響度の高い事業体の監査業務におけるローテーションの対象者を「筆頭業務執行責任者」・「監査業務に係る審査担当者」・「その他の監査業務の主要な担当社員等」の3種類に区分し、それぞれについて次のインターバル期間(クーリングオフ期間)を定めています(関与期間は、いずれの対象者も7会計期間)。
- 「筆頭業務執行責任者」のインターバル期間:5会計期間
- 「監査業務に係る審査担当者」のインターバル期間:3会計期間
- 「その他の監査業務の主要な担当社員等」のインターバル期間:2会計期間
継続的監査を制限する効果



こうやって継続的監査を制限することで、監査人と被監査会社との間に馴れ合いが生じにくいようにして、監査人の独立性を強化しているんだ。



ローテーション・ルールがあることで、監査人は公正不偏の態度をしっかり保持できるし、外部の利害関係者も、監査人が公正不偏の態度を保持していることを信頼できるということだね。



それに、担当者が定期的に交代すると、新たな視点(「フレッシュ・アイ」)で監査に取り組めるという一面もあるから、監査の品質向上が期待できる場合もあるよね。



確かに、ずっと同じことをやっているとマンネリ化して、常に新しい視点を持つのは難しいもんね。
監査法人のローテーションに関する議論



監査人の独立性を徹底的に強化するなら、監査法人内で担当者をローテーションするんじゃなくて、監査を担当する監査法人自体を強制的にローテーションするっていうアイデアもありそうだけど…。



うん。
海外では、監査法人のローテーションが導入されている国もあるよ。
監査人の独立性を強化する観点から、監査法人自体をローテーションさせる方法も考えられます。日本でも、監査法人のローテーション制度について調査や議論が行われ、2017年に金融庁から「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)」が公表されており、その後の状況変化を踏まえて、2019年にも「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第二次報告)」が公表されましたが、制度化は見送られています。
監査法人自体をローテーションするメリットとしては、
・監査人の独立性をより厳格に確保できる
・異なる角度から新たな視点で監査を行うことにより、監査の品質が向上する
ことなどが挙げられます。
一方で、次のようなデメリットも考えられます。
・交代後の監査人は、被監査会社に関する知識や経験が十分ではないため、重要な虚偽表示を看過する可能性が高まる
・交代後の監査人が被監査会社に関する知識などを得るには、監査人と被監査会社の双方に多大な時間とコストがかかる



それに、規模の大きい監査法人の数が限られている現状を考えると、実務上、スムーズな交代が難しくなってしまうことも想定されるよね。



いろいろな事情を考えると、監査法人のローテーションは難しいわけか。
こうした状況を踏まえ、日本公認会計士協会は、監査人の独立性を一層強化するため、2020年に会長通牒「担当者(チームメンバー)の長期的関与とローテーション」を公表しています。
この通牒では、社会的影響度が特に高い会社(時価総額が概ね5,000億円以上の上場会社)の監査に関する上乗せルールが次のように示されています。
・監査補助者であった者が、継続して業務執行社員として同一の依頼人に関与する場合、業務執行社員としての関与期間の長さに加え、それ以前の期間の長さも考慮し、関与期間の合計が10年を超える場合には、馴れ合いなどが生じることの重要性が高いものとして取り扱う
・上記を解決するには、その者をローテーションにより監査業務チームから外すことが最も直接的な効果が得られる
◆まとめ◆
・同一の担当者が長期にわたって同一の監査業務に関与すると、監査人と被監査会社との間に馴れ合いが生じ、監査人の独立性が十分に確保されないおそれがある。
・公認会計士法は、同法上の大会社等に対する監査について、監査人の独立性を強化するべく、継続的監査を制限している(パートナー・ローテーション)。大規模監査法人が上場会社等の監査を行う場合には、より厳しい特例制限も適用される。
・倫理規則は、インターバル期間に関して、より厳密な規定を設けている。



「7年・2年ルール」とか「5年・5年ルール」とか、ややこしくて忘れそう。



連続して勉強することは一切制限されないんだから、遠慮せずに無制限で勉強していいよ。



監査の基礎をコンパクトに学べる入門書。
各章の章末に練習問題が収録されているよ。