
皇居の周りを飛んでくる!



どうして?



監査論をマスターするには、監査基準の改訂の歴史をおさえて「外堀を埋める」のがいいって聞いたよ。「外堀通り」って皇居の周りでしょ。



皇居の周りは歴史を感じるスポットが多いけど…。
「外堀を埋める」っていうのは、目標を達成するために周辺の問題を片付けるっていう意味だね。
監査基準の設定は、今から70年以上前の昭和25年にさかのぼります。
この記事では、公認会計士 のそのそ が、監査基準改訂の歴史を易しく解説します。今回はリスク・アプローチに関する改訂を主に取り上げます。
- 監査基準改訂の歴史
- リスク・アプローチに関する改訂の概要
監査基準改訂の年表



外堀通りは行かなくていいから、次の年表を見て。



監査基準が設定されたのは、昭和25年か~。歴史を感じるね。
昭和25(1950)年 | 「監査基準」・「監査実施準則」設定 証券取引法監査制度の成立、監査制度の漸進的導入開始 |
昭和31(1956)年 | 「監査基準」・「監査実施準則」改訂 「監査報告準則」設定 正規の財務諸表監査の実施(昭和32年~)への準備 |
…省略… | |
平成元(1989)年 | 「監査実施準則」改訂 相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続の充実強化 |
平成3(1991)年 | 「監査基準」・「監査実施準則」・「監査報告準則」を全面改訂 リスク・アプローチの導入など | 国際的調和を図るとともに監査環境の変化に対応するため
平成10(1998)年 | 「監査基準」・「監査実施準則」・「監査報告準則」改訂 連結キャッシュ・フロー計算書の監査義務付けに伴う改訂 |
平成14(2002)年 | 「監査実施準則」・「監査報告準則」廃止 監査の目的の明示、リスク・アプローチの明確化、継続企業の前提に関する監査の導入、監査報告に関する改訂など | 国際的調和を図るとともに監査環境の変化に対応するため「監査基準」を抜本的に改訂
平成17(2005)年 | 事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチの導入 | 不適正な事例への対応とリスク・アプローチ改善のための改訂
平成21(2009)年 | 継続企業の前提に関する監査の実施手続及び意見表明に関する改訂 |
平成22(2010)年 | 国際的調和を目的とした報告基準等の改訂 監査報告書の記載区分の見直し、除外事項の判断の明確化 |
平成25(2013)年 | 「監査における不正リスク対応基準」の新設に伴う改訂 監査役等との連携の明示 |
平成26(2014)年 | 特別目的の財務諸表に対する監査と準拠性に関する意見表明の位置付けの明確化に伴う改訂 |
平成30(2018)年 | 監査上の主要な検討事項の導入と監査報告書の記載区分等の変更に伴う改訂 |
令和元(2019)年 | 限定付適正意見の場合の意見の根拠の区分の記載内容の明確化と守秘義務の明確化に伴う改訂 |
令和2(2020)年 | その他の記載内容に係る記載の明確化及びリスク・アプローチの強化に伴う改訂 |



監査基準はこれまで何度も改訂を繰り返しているよ。
平成3年の全面改訂が大きなターニングポイントだから、それより前の年表は一部省略するね。
平成3年改訂/リスク・アプローチの導入



監査基準はいろいろな改訂が行われているから、ここからはリスク・アプローチに関する改訂について絞って見てみよう。上の年表の色がついているところだよ。



リスク・アプローチは平成3年改訂で導入されたのか~。



うん!ただし、平成元年にはリスク・アプローチにつながるような改訂が行われていたんだ。
昭和60年代、企業の役職者や幹部による不正行為が相次いで発生しました。そこで、相対的に危険性の高い財務諸表項目に係る監査手続の充実強化を行うため、平成元年には監査実施準則が改訂されています。



その後の平成3年に、監査基準等は全面改訂されたんだ。
当時、監査を取り巻く環境は大きく変化しつつありました。



具体的に言うと…
・企業規模の急速な拡大
・企業活動の複雑化・多様化
・証券市場・金融市場の国際化
・情報システムや会計システムの高度化
というような変化だね。
また、監査基準の国際的調和を図る必要性もあり、これらを背景として、平成3年に監査基準等は全面改訂されています。



経営者確認書の入手や、現行の「追記情報」の前身である「特記事項」の規定が設けられたのも、平成3年改訂だよ。
平成3年改訂により、リスク・アプローチの考え方が導入されました。



この際、現行の監査基準における「監査リスク」は、「監査上の危険性」と表現されていたよ。参考までに当時の基準をのぞいてみよう。
平成3年当時の監査基準 第二 実施基準
三 監査人は、内部統制の状況を把握し、監査対象の重要性、監査上の危険性その他の諸要素を十分に考慮して、適用すべき監査手続、その実施時期及び試査の範囲を決定しなければならない。
平成3年当時の監査実施準則
五 (前段省略)監査上の危険性を評価するに当たつては、監査対象項目に内在する虚偽記載の発生の可能性に留意するのみならず、経営環境を把握し、それが虚偽記載の発生をもたらす可能性を考慮しなければならない。



現行の規定と比べると、ふわっとした感じだな~。



この時には、監査基準の中でリスク・アプローチの枠組みが必ずしも明確に示されなくて、監査実務に十分に浸透するには至らなかったんだよ。
平成14年改訂/リスク・アプローチの明確化
バブル崩壊後の1990年代、企業の財務諸表ひいては日本の会計制度に対する大きな批判が生じました。



当時の日本の会計制度は国際的に遅れをとっていたんだ。そこで、1998年頃からいわゆる「会計ビックバン」が始まったわけ。



「会計ビックバン」! エモい!
日本の会計制度の大改革は、「会計ビックバン」と呼ばれました。連結中心のディスクロージャー制度への移行、キャッシュ・フロー計算書の導入が行われたほか、金融商品に関する会計基準、退職給付に関する会計基準、税効果会計に係る会計基準などが次々と導入されました。



財務諸表の信頼性に関して意見を表明する監査に対する批判も生じて、監査についても抜本的な改革が求められたんだ。



それで、平成14年に監査基準が改訂されたんだね。
平成14年改訂では、リスク・アプローチ監査の明確化が図られました。
監査の目的が明示され、継続企業の前提に関する監査が導入されたのもこの時です。
平成14年改訂により、それまでの「監査上の危険性」は「監査リスク」に改められ、「固有リスク」「統制リスク」「発見リスク」という3つのリスク要素と「監査リスク」の関係が明らかにされています。



この際の基準は次のとおり。現行の規定に近いね。
平成14年当時の監査基準 第三 実施基準 一 基本原則
1 監査人は、監査リスクを合理的に低い水準に抑えるために、固有リスクと統制リスクを暫定的に評価して発見リスクの水準を決定するとともに、監査上の重要性を勘案して監査計画を策定し、これに基づき監査を実施しなければならない。
上記の規定からわかるように、平成14年改訂の際には、固有リスクと統制リスクを分けて評価することが想定されていました。
平成17年改訂/事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチの導入



その3年後、監査基準はまた改訂されたよ。



忙しいな~。
当時、ディスクロージャーをめぐり不適正な事例が相次いでおり、リスク・アプローチが適切に適用されていない事例が見受けられる旨が公認会計士・監査審査会によって指摘されていました。また、国際的にも、リスク・アプローチの適用等に関する基準の改訂が進められており、引き続き国際的調和を図る必要性もありました。



「コクサイテキチョーワ」って、水戸黄門の印籠みたいだね。



つべこべ言わない!
「特別な検討を必要とするリスク」の概念が導入されたのは平成17年改訂の時だよ。
平成17年改訂で導入されたのが「事業上のリスク等を重視したリスク・アプローチ」です。次の点が示されました。
- 重要な虚偽表示リスクの評価にあたり「事業上のリスク」を考慮する
- 「固有リスク」と「統制リスク」を結合し「重要な虚偽表示リスク」として評価する
- 「重要な虚偽表示リスク」は「財務諸表全体レベル」と「財務諸表項レベル(アサーション・レベル)」の2つのレベルで評価し対応する
「事業上のリスク」の考慮



事業上のリスクについては別の機会に詳しく説明するから、ここでは監査基準の規定だけ見ておこう。これは現行の規定だよ。
監査基準 第三 実施基準 一
2 監査人は、監査の実施において、内部統制を含む、企業及び企業環境を理解し、これらに内在する事業上のリスク等が財務諸表に重要な虚偽の表示をもたらす可能性を考慮しなければならない。



平たく言えば、監査人が近視眼的になっていると、経営者の不正や関与によって引き起こされる重要な虚偽表示リスクを見逃すおそれがあるから、リスク評価の視野を広げようという意味合いだね。
固有リスクと統制リスクの結合評価



平成17年改訂よりも前は、固有リスクと統制リスクを個々に評価して、発見リスクの水準を決定することとしていたよね。
この点については、平成17年改訂により、原則として、固有リスクと統制リスクを結合した「重要な虚偽表示のリスク」を評価したうえで、発見リスクの水準を決定する扱いに変更されています。
変更に関し、平成17年監査基準改訂前文は次の理由を挙げていました。
- 固有リスクと統制リスクは実際には複合的な状態で存在することが多い。
- 固有リスクと統制リスクとが独立して存在する場合でも、監査人は、重要な虚偽表示が生じる可能性を適切に評価し、発見リスクの水準を決定することが重要であり、固有リスクと統制リスクを分けて評価することは、必ずしも重要ではない。
- 固有リスクと統制リスクを分けて評価することにこだわると、リスク評価が形式的になり、発見リスクの水準の的確な判断ができなくなるおそれもある。



なるほど~。でも、これ、現行の取扱いと違うんじゃない?



そうなんだよ。それは令和2年改訂のところで説明するね。
重要な虚偽表示リスクの2つのレベルでの評価



平成17年改訂で、「重要な虚偽表示リスク」を「財務諸表全体レベル」と「財務諸表項目レベル(=アサーション・レベル)」の2つのレベルで評価することが明確にされたんだ。
それまでの監査基準では、財務諸表項目レベルにおいて固有リスク及び統制リスクを評価し発見リスクの水準を決定することに重点が置かれていました。
そのため、監査人が自らの関心を財務諸表項目に狭めてしまう傾向や、財務諸表に重要な虚偽表示をもたらす要因の検討が不十分になる傾向が懸念されていました。



重要な虚偽表示リスクのなかには、広く財務諸表全体に関係していて、特定の財務諸表項目のみに結び付けられないものもあるよね。
そこで、「財務諸表全体レベル」と「財務諸表項目レベル」という2つのレベルで重要な虚偽表示リスクを評価することを明示したんだ。



近視眼的に「財務諸表項目レベル」の重要な虚偽表示リスクだけに注目するのではなくて、「財務諸表全体レベル」の重要な虚偽表示リスクも検討するということだね。



そうだね。
「木を見て森を見ず」じゃなくて、「気も森も見る」イメージだね。
令和2年改訂/リスク・アプローチの強化



その後も様々な改訂があったけれど、リスク・アプローチに直接関係する改訂が次にあったのは令和2年だよ。
昨今は、会計基準の改訂等により会計上の見積りが複雑化する傾向にあり、財務諸表項目レベル(アサーション・レベル)における重要な虚偽表示リスクの評価がより一層重要となっています。



たとえば、減損会計は見積りの塊みたいなものだよね。
収益認識会計基準の導入によって収益認識が複雑になった業種もあるよ。
また、公認会計士・監査審査会の検査結果においてリスク評価及び評価したリスクへの対応に係る指摘がなされていることや、国際監査基準の改訂も考慮し、令和2年改訂によってリスク・アプローチの強化が図られました。これによって次の点が示されました。
- 財務諸表項目レベル(アサーション・レベル)の重要な虚偽表示リスクについて、「固有リスク」と「統制リスク」を分けて評価する
- 固有リスクの評価の視点を明確にする
- 特別な検討を必要とするリスクの定義を明確にする
財務諸表項目レベル(アサーション・レベル)の重要な虚偽表示リスクの分離評価



平成17年改訂で、固有リスクと統制リスクを結合して評価することにしたんじゃなかったの?平成17年改訂前文の理由付けを読んで納得したのに~。
リスク・アプローチに基づく監査では、リスク評価を的確に行えるか否かが決定的に重要なポイントとなっています。
会計基準の改訂等により会計上の見積りが複雑化した昨今では、特に、財務諸表項目レベルにおける重要な虚偽表示のリスクの評価が鍵を握っています。
財務諸表項目レベルにおいては、固有リスクの性質に着目して重要な虚偽表示がもたらされる要因(固有リスク要因)などを勘案することが、重要な虚偽表示リスクのより適切な評価に結び付くことから、固有リスクと統制リスクを分けて評価することに変更されました。



くっついたり離れたり、恋愛じゃないんだからさ…。



くっついたことも離れたこともないくせに!
この変更に関しては、企業会計審議会の一部の先生からも意見はあったようで、公表された議事録からその様子がうかがえるよ。
なお、令和2年改訂後も、財務諸表全体レベルにおいては固有リスクと統制リスクを結合した重要な虚偽表示のリスクを評価する考え方が維持されています。
固有リスクの評価の視点の明確化
財務諸表項目レベルで統制リスクと固有リスクを分けて評価することを前提に、固有リスクについては、重要な虚偽表示がもたらされる要因(固有リスク要因)を勘案し、虚偽表示が生じる可能性と当該虚偽表示が生じた場合の金額的影響及び質的影響を組み合わせて評価することが明確化されました。
特別な検討を必要とするリスクの定義の明確化



平成17年改訂で「特別な検討を必要とするリスク」の概念は導入されたけれど、定義は明示されていなくて、その識別に一貫性がないという指摘があったんだ。そこで、特別な検討を必要とするリスクの定義も明確化されたよ。
令和2年改訂により、財務諸表項目レベルの評価において、虚偽表示が生じる可能性と当該虚偽表示が生じた場合の影響の双方を考慮して、固有リスクが最も高い領域に存在すると評価したリスクを「特別な検討を必要とするリスク」と定義することが明示されています。



特検リスクの定義は、固有リスクと統制リスクを分けて評価することが前提となっているね。



そのとおりだよ。
平成17年と令和2年のそれぞれの改訂理由を見ると、固有リスクと統制リスクを分離して評価する方法・結合して評価する方法のいずれにも長所と短所があると考えることができるね。
◆まとめ◆
・監査基準は昭和25年に設定された後、改訂を繰り返している。
・リスク・アプローチは平成3年に導入され、その後、平成14年・平成17年・令和2年にリスク・アプローチに関する改訂が行われている。
・財務諸表項目レベルの重要な虚偽表示リスクの評価については、固有リスクと統制リスクを結合して評価するものとされていた時期があったが、令和2年改訂以降、両者を区別して評価するものとされている。



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